しゃのみゆの絆【完結編】

​エレベーターの扉が閉まる瞬間、隙間から見えたのは、呆気にとられたミユウの顔と、無表情を貫くもんぢの瞳だった。

​かごが動き出すと同時に、シャノンは壁に背中を預け、そのままズルズルと座り込んだ。

​(言っちゃった・・・。もう、終わりだ)

​「どうでもいい」なんて、大嘘だ。

​本当は、誰よりもニコラのことを考えている。誰よりも生徒会長になりたいと思っていた。小6でニコモになったときから、ずっとずっと。

けれど、あの場に渦巻く「実績」や「数字」という暴力的な正論の前に、自分の想いなどあまりにちっぽけで、無意味なものに思えてしまったのだ。

《♪ピーンポーン》

​1階に到着する電子音が鳴る。

​シャノンは涙を袖で乱暴に拭うと、重たい足取りでロビーへと向かった。外に出て、冷たい風に当たりたかった。

​出口へと向かうと、自動ドアが開く。

​しかし、シャノンがそこをくぐり抜けることはなかった。

​「待って!」

​背後から、静寂を切り裂くような鋭い声が響いたからだ。

​驚いて振り返ると、そこには肩で息をするアンナが立っていた。エレベーターを待たず、階段を駆け下りてきたのだろう。完璧にセットされた前髪が少し乱れ、額には、うっすらと汗が滲んでいる。

​「・・・なんですか、アンナちゃん。私、もう帰るから」

​シャノンは、ぶっきらぼうにそう言うと、顔を背ける。今の惨めな姿を、自分からすべてを奪っていった「完璧なライバル」に、見られたくなかったのだ。

シャノンをじっと見つめて、アンナ​が言う。

「逃げるの?」

​その挑発的な言葉に、シャノンはカッとなって言い返す。

​「逃げるもなにも、私はやりたくないって言っただけです! アンナちゃんがやればいいじゃないですか。みんなもそれを望んでるみたいだし、実績だって完璧だし」

しかしこれに、アンナから意外な反応が返ってきた。

「シャノンこそ、私のことなんにも分かってない!」

​普段、女優として常に冷静なアンナが、ロビー中に響き渡るような大声を出した。その迫力に、シャノンは思わず言葉を飲む。

​アンナは一歩、また一歩と近づき、シャノンの目の前で立ち止まる。

​「私が、なんでわざわざ、もんぢと組んでまで、あんな茶番劇をしたと思ってるの?」

​「・・・えっ? 茶番?」

​シャノンが目を丸くする。

​アンナは深くため息をつくと、いつもの「女優モード」をかなぐり捨て、一人の女子高生としての素顔を晒した。

​「あのね、シャノン。さっきの会議室でのやり取り、あれは全部、私が書いた台本通り、もんぢと演じただけ。・・・あ、でもミアンちゃんが参戦してきたのは、予想外だったけどね」

ここまで言って、ちょっと照れたように笑うアンナ。

「ど、どういうこと?」

​「私はね、シャノンに怒ってほしかったの。悔しがってほしかったの」

​そこでアンナは、自然な感じでシャノンの両肩を掴む。

​「シャノンはいつだってそう。『私なんて』って一歩引いて、ホントはニコラのことを一番愛してるくせに、その熱い想いを奥底に隠してる。そんな及び腰のリーダーに、誰がついていくの? だから、わざと意地悪言って、追い詰めて、シャノンの本性を引きずり出したかったの」

​シャノンの脳裏に、先ほどのもんぢの意地悪な顔と、アンナの胡散臭い演説が蘇る。

​「じゃあ、あのもんぢの酷い言葉も・・・」

​「全部、私が言わせたの。ま、お調子者のあの子のことだから、たいぶノリノリでアレンジ加えてたけどね。フフフ、ごめんね、傷つけて」

​アンナは少しバツが悪そうに視線を逸らすと、再び真剣な眼差しでシャノンに向き直った。

​「私は女優業がある。これからもっと忙しくなる。物理的にニコラの現場にいられないことも増える。そんな私が会長になったら、みんなが『アンナがいないから』って言い訳を作るかもしれない。逆に、私が全部完璧にこなしちゃったら、それはそれで、みんな私に頼りきりになる」

​アンナの手の力が、少し強くなる。

​「でも、シャノンは違う。あんたは不器用で、人見知りで、悩み多き『人間くさい』ニコモだよ。だからこそ、みんなが『シャノンを支えなきゃ!』って思う。ミユウみたいに熱くなる子がいて、もんぢみたいに毒づきながらも気にかける子がいて、ソノマみたいにちょっとピントがずれてる子もいて、そうやって、全員が当事者になれる。それができるのは、完璧な私じゃなくて、未完成なシャノンだけなの」

​「私・・・が未完成だから?」

​「そう。それがあなたの最強の武器。『愛される隙』ってやつ。・・・あっ、こんな風に言われて悔しいって思えるなら、まだ戦える証拠でしょ? その涙、全部ニコラにぶつけてみなよ」

​シャノンの目から、先ほどとは違う種類の涙がこぼれ落ちた。それは、絶望ではなく、決意の熱い涙だった。

​「・・・アンナちゃん、性格悪い」

​「ふふ、よく言われる。さ、編集部の会議室に戻るよ。みんな待ってる」

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

​一方その頃、会議室では。

​シャノンが飛び出した後の重苦しい沈黙を破ったのは、やはりミユウだった。

​「おい、もんぢ! だからお前、やりすぎなんだよ! あそこまで言う必要あったのか!?」

​再びミユウが、もんぢの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。しかし、もんぢは動じないどころか、どこか安堵したような表情で、フッと息を吐いた。

​「・・・やっと、火がついたみたい」

​「あん? どういうことだよ」

しかし、ミユウの問いに答えたのは、もんぢではなかった。

​「だから、全部お芝居だった」

​声の主は、意外にもミアンだった。彼女は先ほどまでの鋭い表情を崩し、困ったように笑っている。

​「ミユウちゃん、気づかなかった? アンナのあの大袈裟な演技。それに、私が『数字』の話をした時、アンナが一瞬だけ私に目配せしたの」

​「は? えっ? 何? どゆこと?」

​状況が飲み込めず、ミユウは口をパクパクさせている。

​コハナが、ようやく事態を把握し始めたのか、目を白黒させながら口を挟む。

​「え、なになに? ほな、うちらまんまと騙されとったん? え~、うっそ~ん!」

​「コハナは純粋すぎるんだってば」

​隣では、一連のお芝居に薄々感づいていたフタバが呆れつつも、優しくフォローを入れる。

​するとその時、会議室のドアがゆっくりと開いた。

​室内の空気が一瞬、張り詰める。

​入ってきたのは、少し目を赤くしたシャノンと、その背中を押すように立つアンナだった。

​ミユウが駆け寄ろうとするが、シャノンが手で制する。

​シャノンは、深呼吸を一つすると、いつもの自信なさげな猫背ではなく、背筋をピンと伸ばして、全員の顔を見渡した。

​「さっきは、私、感情的になって、勝手に飛び出してごめんなさい」

​深々と頭を下げる。そして、顔を上げると、震える声で、しかしはっきりと宣言した。

​「私、ニコラ生徒会長をやりたいです!」

​その言葉に、もんぢがニヤリと口角を上げる。

​シャノンは続ける。

​「ミアンちゃんの言う通り、私は実績もないし、アンナちゃんみたいに器用じゃありません。イメモでもないし、表紙も少ない。でも、ニコラが好きな気持ちと、この場所をもっと良くしたいという想いだけは、誰にも負けません!」

​視線を一人一人に合わせていく。

​「私ができないことは、みんなに助けてほしいです。アンナちゃんの洞察力も、もんぢの行動力も、ソノマの鈍感力も、そしてミユウの情熱も、全部全部貸してください。頼りない生徒会長かもしれないけど、みんなと一緒に、新しいニコラを作っていきたいです。お願いします!」

​再び頭を下げるシャノン。

​静寂は、ほんの数秒だった。もんぢが口を開く。

​「ま、本人がそこまで言うなら、私たちの負けですね」

続いて、アンナを睨むように。

​「アンナさん、やっぱりあの脚本には無理がありますよぉ。これじゃ私、完全に悪役じゃないですか。もう読者アンケートの好感度、ダダ下がですって」

​「いやいやいや、すごくいい仕事してた。『アンチヒーロー』も『女神降臨』もよかったし。うん、将来、ニコラ卒業生を代表する女優になれるかも!?」

​アンナが茶化すと、もんぢは「ふん」と鼻を鳴らした。

​「え、え? じゃあ、マジで全部ドッキリだったん!?」

​ここでようやく全てを理解したミユウが叫ぶと、一気に緊張が解け、一斉に笑いが巻き起こる。

​「ミアンちゃんも、ひどいですよぉ~」

​シャノンが泣き笑いの顔で抗議すると、ミアンは肩をすくめた。

​「ごめんごめん。でも、あれくらいのプレッシャー跳ね除けられなきゃ、生徒会長なんて務まらないでしょ? 合格だよ、シャノン」

​「うんうん! 私もシャノンちゃんなら大賛成!」

​レイナが満面の笑みで拍手をし始めると、つられるように他のニコモたちからも温かい拍手が沸き起こった。

​「よっしゃー! シャノン、やったな!」

​ミユウがたまらずシャノンに抱きつくと、その勢いで二人して椅子になだれ込む。

​その光景を、コハナは心底ホッとした表情で見つめていた。

​「よかったぁ~。これでやっと決まったわ。ほんま、どうなることかと思ったでぇ。胃に穴が開くかと思ってん」

​ここでコハナが、パンパンと手を叩いて注目を集める。

​「ほな、これで正式決定や! 第8代ニコラ生徒会長はシャノン! 責任取ってアンナちゃんもしっかりサポート頼むで! それと、もんぢは書記な!」

​「ええーっ、そんな役職、ニコラにあるんですか!?」

​もんぢの文句がかき消されるほどの笑い声に包まれる会議室。

​シャノンは、涙で滲む視界の向こうで、アンナと目が合った。

つぎの瞬間、アンナが大きく頷いてみせる。その顔は、「頼んだよ」と、シャノンに語りかけていた。

​(ありがとう、アンナちゃん。私、頑張るね)

​シャノンは心の中でそうつぶやくと、ミユウの背中越しに、力強く頷き返す。

​こうして、ニコラ史上最も「泣き虫」で、最も「愛される」生徒会長が誕生した。

​彼女が作る「新しいニコラ」がどんなものになるのか。それはまだ、誰も知らない。けれど、この日の会議室に溢れた雨上がりのような笑顔が、きっと明るい未来を予感させていた。

​(完)

※この物語はフィクションです

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