◆ここはの回想
それは10月の中ごろ、ニコラ12月号の撮影の前日。
編集部が地方組の前泊のために用意した、アパホテル新宿御苑前の一室での出来ごとでした。
メアリは私に、「これからしばらくの間、眠るね」と言いました。いっしょに夕食を食べ終え、部屋に戻ったとき、たしかにそう宣言したのです。
突然そんなことを言われても、そのときの私は、全く気にしていませんでした。
まだ午後7時前だったけれど、メアリはいつも眠そうにしていたし、実際、昼夜逆転まではいかなくとも、不規則な眠り方をしているのを知っている私にとっては、とりたてて驚くようなことではなかったのです。
私たちは、ごく自然な感じで「おやすみ」と言葉を交わすと、メアリは自分のベッドに入り、すぐにすやすやと寝息を立て始めました。
そしてそれ以来、1度たりとも目を覚ますことなく、メアリはずっとずっと今も眠り続けているのです。
◆メアリの石川の実家にて
あれから2カ月たち、12月24日。
石川の実家のメアリの部屋。
時間は午前2時を過ぎたところであり、窓の外では雪が舞っている。
部屋の中央にあるピンクの天蓋つきベッドでは、音もなく、まるで死んだようにメアリが眠っている。
と、そこへここはが入ってくる。
メアリを起こさぬよう、静かにドアを開け、そっと中に入り、そして静かにドアを閉める。
「ちっ。相変わらず、どこぞの国のお姫様みたいな部屋だな。何度来ても馴染めん」
口では強がってみるものの、時計の秒針の音だけが響くこの部屋の冴え冴えする空気は、ここはをいくぶん緊張させる。
そしていつものように、ここはは、ドアの前に立ったまま、ひととおりメアリの部屋の中を用心深く見わたした。
前に来た時と、何か変わったところは無いか。何か違ってはいないか。誰かが入った形跡はないか。誰か潜んではいないか。
ややあって、なんら変わらぬメアリの部屋であることを確認したところで、ほっと息をつき、それまでの緊張を解くと、メアリの眠るベッドの側まで、ゆっくりと歩み寄る。
熟睡しているメアリの顔を、真上から見下ろすここは。
静かに右手を伸ばし、メアリの頬にそっと触れると、小さな声で名前を呼んでみる。
「メアリ」
しかし、反応は全くない。
これまでと同じように。
そこでここはは、クローゼットの前にある、ピンクのふかふかのキャスター付きソファーを、枕元まで押してきて、ちょこんと腰を下ろす。
前かがみになって覆い被さるように、美しいメアリの顔を、すぐ近くから再びじっくりと観察する。
そのまま、1分ばかり時間が経過する。
やがてここはは、意を決したようにソファーから立ち上がると、まず、肩に羽織ったカーディガンをそっと脱ぎ捨て、小4のころから愛用しているうさぎさんのモコモコ着ぐるみパジャマ姿になる。
続いて、パジャマと一体化している耳付きフードを脱ぐと、そこから三つ編みにした、ちょい茶色がかった自慢の長い髪がこぼれ出た。
さらに靴下も脱ぐ。
そして、ごそごそとメアリの眠るベッドに、もぐりこんだ。
同じベッドで仲良く眠った、ニコプチ時代の前泊のように。
ここはは、まずは布団の中に身体をなじませてから、仰向けに寝ているメアリの身体を、真横から抱きかかえるように、自身の若干ぷにぷにの二の腕を回す。
続いて、中央にホクロのある右側の頬を、メアリの真っ平らの胸に軽く押し当ててみる。
後は、そのまましばらくジーっとしている。
<ドクン・ドクン・ドクン>
たしかに生きている。
それを確認したくて、メアリの心臓の鼓動の一音一音を聞き逃すまいと、耳を澄ませている。
耳を澄ませながら、ここはの目は穏やかに閉じられている。
と、その時。閉じられたここはの瞳から、なんの予兆も無く、一筋の涙がポロっとこぼれ落ちた。
まるで、ずっと前から予定されていたかのように。
その涙は頬を伝い、下に落ちて、ピンクの花柄のシーツを濡らす。
それからまた一粒、一粒。
涙はとめどなく次から次へと溢れ出てくる。
ふと、ここはは思う。
自分には、ニコラ進級ではなく、コトカやアンナのように「ミスセブンティーン2019」という選択だってあったのだ。
もしくは、ニコモにならないという選択だってあったのだ。
とにかくメアリから離れる、という選択が。
考えを巡らせながらも、何かを思い立ったように、ここはは、指先で頬の涙をぬぐうと、ベッドに身を起こし、もう一度、部屋の中を見渡す。
それから、改めてメアリの顔を見下ろす。
美しい寝顔。ホントにきれいだ。
このまま剥製にして、ガラスケースに収めて、インテリアとして自分の部屋に永遠に飾っておきたいくらい。
そこでここはは、ごく自然な感じで身をかがめると、メアリの唇に短くキスをしてみる。
そっと頭を上げ、反応を確かめるようにメアリの顔をしばらくの間、見下ろす。
やはり何の変化もない。
それを見届けると、再びキスをする。
今度は、もっと長く、もっと深く。
するとその瞬間、ここはは何だか自分自身とキスしてるみたい。
直観的にそう感じた。
「メアリ」と「ここは」。
見た目も性格も、服もメークも男子の好みも、みんなみんな正反対。
でも、まるで姉妹みたい。
ううん、姉妹以上に分かりあってる私たち。
再び頭をあげると、ここははちょっと微笑み、そのままメアリの身体にぴったりくっついて、添い寝する。
メアリと少しでも密着して、お互いの身体のぬくもりを伝え合おうとするように。
「メアリ、還ってきて」
声に出してつぶやく。
「還ってきて、お願い」
目を閉じ、体の力を抜く。
すると、どこからともなく眠りがやってきて、ここはを包み込んだ。
いつのまにか窓の外では雪がやみ、朝日が登りはじめていた。
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