Seventeen行きは誰の手に?

 

0、プロローグ

 

2023年の3月をもってニコラを卒業する表紙経験者6人が、三浦海岸にある新潮社の保養施設「ステラ・マリス」の一室、4畳半の和室に集められた。

9月に発売される秋号からSeventeenの専属モデルとなる1名を選抜するための合宿という名目だった。

 

 

 

1、夜

 

風はいよいよ強くなり、やがて、ガタガタとふすまが音を立てるようになってきた。

遠くでは、かすかに犬の遠吠えのようなものが響いている。

時折、風の音に混じって、なんとも不気味な鳥の鳴き声まで聞こえてくる。

そのたびにニコモたちは、ビクッと身体を震わせつつ、不安そうにお互い見つめ合うのだった。

「怒ってるだよぉ。ねぇ、怒ってるんだってば。えへへ」

もともと、極度のビビリである由菜。普段お喋りな瑠紀ふくめ、この場にいる誰もが黙っているので、たまらず口を開く。

すると、すかさず隣りから声が飛ぶ。

「違うってば、ゆなな。あれはただ、カラスかなんかが鳴いてるだけ」

和奏。こんな状況でも、見た目の大人っぽさ通り、クールに落ち着いて、事務的に由菜を否定する。

「で、でも~。こんな夜遅くにカラスさんが鳴くなんて。。。ゆなな、怖いよぉ」

ぶるぶる体を震わつつ、今にも泣き出しそう。

と、ここで。

「ちょっと黙ってよ!」

狭い四畳半の部屋、そんなデカい声を出す必要があるか!ってくらいの大声が響く。

どちらかといえば、ひそひそ小声でやりとりしていた由菜と和奏は、ハッとしたように口を両手で押えると、その声の主を見つめる。

「外の動きが聞こえないよ。ユナも、ワカナも、もうちょっと静かに!」

5代目ニコラ生徒会長にして、高1モのリーダーである瑠紀が怒っていた。

「ルキ、ごめん」

由菜はしゅんとなってすぐに謝り、和奏も一瞬「あんたこそ1番うるさいよ」と思ったものの、口に出しては言わなかった。

ともかく、静かになった2人を確認すると、満足したようにうなずく瑠紀。

右手で口元にべっとり付いた真っ赤な血を拭うと、再び目を瞑って集中し、外の動きに耳をすませるのだった。

 

 

 

2、異変

 

≪ドシン ドシン ドシン≫

やがて、地鳴りのような、わずかに振動を伴う怖ろしい重低音が、どこからともなく伝わってくる。まるで腹の底にまで届く感じで、なんとも気持ち悪い。

と、ここで瑠紀が動く。

待ってましたとばかり、パッと伏せると、そのまま畳に左耳を押し付けるように当てて様子を伺う。

今の瑠紀からは想像もできないが、実はニコプチの新モ時代、特技披露でロンダートを披露したように、もともとスポーツ万能キャラだったりする。

(まるで忍者みたいだ)

そんな瑠紀の異様な行動を、固唾を呑んでうかがう和奏たち。

すると、ややあって瑠紀は顔を上げる。

そして、みんなを安心させるようにそれぞれの顔を交互に見やって。

「うん、大丈夫。時間はある。まだ“アイツ”は、そんな近くには来てないみたい。安心していいよ」

和奏たちはこれを聞き、ひとまず安堵のため息をもらすのだった。

 

 

 

3、衝突

 

「ねーねー、るきぃ。ゆななたち、やっぱり間違ってたんじゃないかな?・・・かな?」

しばらくの沈黙が続いた後、再び由菜が遠慮がちに口を開く。

大人しそうに見えて、こうして気心の知れた仲間といるときは、案外よく喋る。

すると、これに対する瑠紀の反応は、意外なほど冷たいものだった。

「なに言ってんの?」

続けて。

「私たちのいったい何が間違ってたっていうの?」

瑠紀のものすごい剣幕に気おされながらも、由菜は意を決して反論してみる。

思えば、これまで由菜が瑠紀に対し、自分の意見を言ったことなど、ほとんどなかった。いつも言いなりだったのだ。

「でも・・・でもね。こんなことになっちゃったんだよ。こんな、こんなひどい―――」

と、ここで由菜の大きな瞳から、思いがけず大粒の涙がポロッとこぼれ落ちた。

「ゆななたちが、セブンティーン行きを争って。私が、私がって。それで、みんなでお互いの足の引っ張り合いみたいなことになって。もし、そんなことしなかったら。みんな一緒に、仲良くニコラを卒業できたなら。こんなことには・・・こんなことには・・・」

対して、瑠紀は無表情のまま。その目には、何の感情も浮かんでいないように見える。

その後、瑠紀が言い返さなかったため、しばらくの間、再び沈黙が続くのだった。

 

 

 

4、サッカーの少女

 

沈黙が破られた。

「おふさいど? あでしょなるたいむ? こーなーきっく?」

この状況にはいささか場違いな、疑問形のサッカー用語を呟く、可愛らしい声が響いてくる。

みんなが一斉に声の主を振り返ると、そこには、分厚い書籍「マンガでわかる!超少年サッカー入門」を手に、サッカー用語を勉強している凛美がいた。

「ふりーきっく? こーなーきっく? ぴーけー?」

「なにしてるの、こんなときに」

たまらず和奏が尋ねる。

「いや、りみね。この前、サッカー応援マネージャーやったでしょ。でね、それね。自分でいうのも何だけど、どうも評判すごく良かったみたいで。うふふ」

その、どや顔にイラっとする面々。

もともとマイペースで、神経とふくらはぎだけは太いと自認する凛美、気にするそぶりは一切見せずに続けて。

「でもね、りみね。ほら、ど文系だから。運動音痴だから。だからサッカーなんてやったことなかったし、興味もない。あっ、今も・・・ね。これ秘密だよ。なのにね、マネージャーさんがね。『今後サッカー関連のお仕事が急増するだろう』って言うの。『だから勉強しといて』って。それでね、仕方ないからこうやって勉強してるの」

「あーそうですか」

そっけない反応を返す瑠紀たちであったが、唯一、和奏だけは。

「わかった。わかったよリミ。あんたが誰よりがんばってるのは分かった。でもね、だからリミ。もうこれ以上、喋らないで。あんたは、すでに立っていられるのが不思議なくらい、大量の血を失ってるのだから」

「うん、OK~」

そんなやり取りを経て、どうやら部屋の雰囲気は若干やわらいだ感じだ。

しかし、部屋の片隅でひとり、この一連の茶番をすっかり冷めた気持ちで眺めていた南は思う。

もう始まってしまった。もう後戻りはできないのだと。

そして、凛美の首筋に、ポツポツと開いた2つの小さな穴と、そこからとめどなく流れ続ける真っ赤な血。さらには、凛美の足元に徐々に広がる血だまりを眺めつつ、誰にも聞こえない声でつぶやく。

「これから、きっと怖ろしいことが起こる。フフフ、ミンナ シンデ シマエ」

 

 

 

5、来客

 

≪トン トン トン≫

ふすまをノックする音。瑠紀、由菜、和奏、凛美、南の5人が、いっせいにビクッと体を震わせ、顔を上げる。

「だ・・・誰ですかぁ?」

由菜が不安げに。

「お客さんかな?」

「でも、こんな時間に?」

「まさか」

やがてノックがやむと、間髪入れず。

『こんばんわー!』

外では嵐が吹き荒れる深夜。この状況に不釣り合いな、幼く可愛らしい声が聞こえてきた。

たしかに廊下に誰かいる。そしてこの声は、プチ進級組にとって、よく知ったものだった。

「ちゃまだ!!」

真っ先に由菜が反応する。

そうすると、これに答えるように。

『うん! そう! まーやだよ』

続けて。

『ゆななひさしぶり~。るっちゃんもいる?』

少々の間。

改めて確信をもって由菜。

「ちゃまだ、間違いない!」

すっかり安心しきった笑顔だ。

もともと、由菜と瑠紀と真亜弥の3人は、ニコプチ時代「あいふぉんず」というユニットを組んでいたように、とにかく大の仲よしであった。

そして、そんな3人が、こうして数年ぶりに揃ったのだ。うれしくないはずがない。

しかし、もう1人の進級組である瑠紀の反応は違った。

「ねぇ。ゆなな、ちょっと落ち着いて。冷静に考えてみてよ。ちゃまは・・・」

一瞬、言いよどむ瑠紀。ここから先を言っていいのか、それとも言わないでおくべきなのか、迷っているようだ。

それでも、心を決め続ける。

「ちゃまは、、、ちゃまは死んだの。そう、あれは当時の小島編集長と、新しく進級する私たち3人との顔合わせのお茶会。もちろん、私とユナ、そしてちゃまが招待された。でも、あの日。けっきょく最後までサイゼリヤ神楽坂下店に、ちゃまは来なかった。後から話を聞いたら、お店に来る途中、交通事故に遭ったって。忘れたの? 後日、ユナも一緒にお葬式、行ったじゃない」

しかし由菜は、まるでこの話を初めて聞いたかのように目を白黒させている。

そして、しばらく考え込んだ後

 

「嘘だ!」

 

ひぐらしの竜宮レナよろしく、人が変わったようにブチ切れて否定する。

「いや、嘘も何も、当時の新聞記事見ればわかるから」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

駄々っ子のように繰り返す。もはや手がつけられない。

それでも瑠紀は冷静に続ける。

「だいたい、あのシルエットを見て」

ふすまに、月光が照らして作る”真亜弥とされるもの”の影を指さして。

「ほら見て、あの鎌みたいな手。背中にある突起。たくさんある足。どう考えてもザリガニかカマキリのでっかい怪物にしか見えないじゃない。てか、あれがちゃまだって、どうして信じられるのよ! あんたどこまでおバカなのよ!」

「違うもん! ちゃまだもん! ちゃまだもん!」

2人が揉めていると、ふすまの外から再び声が語り掛けてくる。

『まーやも混ぜてください。みなさんのお部屋の中に入れてください』

今度は、瑠紀たちにふすまを開けるよう、呼びかけている。

「うん、早く入れてあげなくちゃ!」

ここでついに由菜が行動に移す。

「ユナ、ダメっ!」

瑠紀の制止も聞かず、由菜は普段の運動音痴キャラからは想像もできないすばしっこさで、パッとふすまに走り寄ると、そのまま手をかける。

「ちゃまー!」

と、ほんの少しだけ。それこそほんの5センチほど、ふすまが開いたその瞬間。

シルエット通り、毛むくじゃらで、昆虫のように節のある、巨大で鋭利な爪が、わずかに開いた隙間の上部から、由菜に向かって振り下ろされたのだ。

そして次の瞬間、由菜の自慢である真っ白な首筋は真っ赤に染まる。カギ爪によって切り裂かれ、あたり一面に鮮血が飛び散る。

さらに爪は、再び振り上げられると、今度は畳に横たわった由菜の、誰より細いウエストに巻きつくと、後は、あっというまにその体を部屋の外に引きずり出していった。

全ては一瞬だった。

由菜が消えるまでの間、あっけにとられ、なんの行動もとれなかった4人。

やがて、最初に正気にかえった生徒会長が、ふすまに飛びつき、そのまま思いっきりピシャッと閉める。

再び静寂が戻ったところで瑠紀。ため息をつきながら。

「だから言ったでしょ・・・」

しかし、南の目には、そう言う瑠紀の表情が、笑いをかみ殺しているようにも見えた。

 

 

 

6、衝突2

 

「ゆなながゆなながゆななが・・・」

これまで比較的落ち着いていた和奏が取り乱し、絶望的な声で言う。

対して凛美は、相変わらずサッカー用語をブツブツとつぶやいている。

「ろすたいむ? さどんです? じさつてん?」

これを聞いた和奏。

さすがに、凛美に反発を覚え、鋭い視線を送る。

そんな視線を気にせず、凛美。ふと思いついたように。

「そうだ! 憧れのメイちゃんにカヤちゃん。それに、すずちゃん、はるさんも―――朝ドラ女優になるためには、セブンテイーンに行くって選択肢も悪くないかも」

どこまでも能天気である。

と、ここまで聞いて和奏。ついにがまんでなくなって。

「でも、ゆななは? そこにを流して倒れてるセナは? ここに呼ばれもしなかったシズクは? あんただけがセブンティーンに行くなんて、わたし許さないから! 絶対!」

凛美に詰め寄る。

しかし凛美の耳は、もはや和奏の怒声など聞こえていなかった。

 

 

 

7、来客2

 

と、そのとき。

すうっと、なにやら冬の荒天の夜とは思えない生温かい風が、部屋を吹き抜けたような気がした。

4人は、反射的にビクッと背筋を伸ばす。

「ねぇ。今の風、どこから?」

恐る恐る和奏が、縋るように瑠紀に向かって尋ねる。

もはや、今この部屋で、とりあえずまともと思えるのは、和奏にとって瑠紀だけである。

「あそこ」

相変わらず、そっけない瑠紀。

表情を変えず、部屋の奥にある古くて汚らしい押し入れを指さす。

「押入れの中からみたい」

見ると、いつの間にか数センチほど隙間が開いていて、そこから風が吹き込んでいる。

するとここで、これまで部屋の隅っこでひとり、自分の世界にこもっていた南が動く。

今の瑠紀の話を聞くや、何かに取り憑かれたかのように、ふわっと腰を浮かせる。

「ひょっとして、あの中に、あの中に・・・」

まるで、吸い寄せられるかのように、ふらふらと押入れに向かう南。

「あの中に、るぅとくんが」

その足取りはおぼつかない。

「やめて! ミナミ、待って!!」

これを見た和奏が鋭い声で制止するも、すでに南の手は、引き手にかかっていた。

「待ってってば!!」

もはや和奏の声は南の耳に届かない。

「うん、間違いない」

そのままパッとを引くと―――

≪ゴォーッ≫

一気に、中からものすごい突風が部屋に吹き込むと同時に、押入れの中は、床が無くなっていて、本来、床があるべき部分は、ただただ真っ黒。ブラックホールのような空間になっていた。

そして次の瞬間。先ほど真亜弥を騙った怪物が、再びゆっくりゆっくりと、闇の底から頭を覗かせ、浮上してくる。

「ひっ・・・ひぃぃ」

南は小さな悲鳴を漏らすと、急いでこの場を離れようとするが、足がもつれ、ドスンと尻もちをついてしまう。

すると、押入れの闇から現れた怪物は、ムカデのようにたくさんある足で、恐怖で動けない南の身体を、しっかり捕らえた。

「うげっ」

苦しそうにうめき声を漏らす南

「ミナミー!」

和奏は、叫ぶ以外なすすべなく、その場を一歩も動くことは出来なかった。

そのまま、怪物に絡めとられ、再びゆっくりと押入れの底に消えていく南の姿を、ただただ見つめるだけだった。

 

 

 

8、悔恨

 

2人が消えて、部屋に何度目かの沈黙が訪れた。

部屋に残っているのは、瑠紀と和奏と凛美、そして星奈の亡骸だけ。

「ゆなな、ミナミ、そしてセナ。・・・ごめん」

和奏は、畳に身を投げ出して、静かに泣き出した。

「わたしが、みんなを守れなかったばっかりに。わたしのせいだ。ぜんぶ、ぜんぶ、せんぶ」

瑠紀と凛美は無言である。

「オーデ出身として、小6合格として、そしてオーデ組から唯一のイメモとなった、わたしがみんなをリードするべきだったのに」

見た目は怖そうで、口が悪くても、実は誰より責任感が強く、仲間想いの優しい女の子なのである。

と、次の瞬間。

「ん!?」

背後から、近づいてきた瑠紀の両手が、和奏の首にかかった。

 

 

 

9.終焉

 

≪ボーン ボーン≫

一切の音の消えた部屋で、柱時計が不気味な音を立てる。

「あれっ!?」

瑠紀は、これを機に覚醒する。

どうやら、まどろんでいたようだ。

「ああ。ついに月が明け、4月号が発売されたんだ」

すると、ここで瑠紀。

初めて気づいたといった感じで、目の前にある和奏の絞殺体と、その隣にある血だまりの中、失血死した凛美を見比べて。

「ひどい。だれがこんなことを!?」

続いて、部屋の隅で冷たくなっている星奈に視線を移す。

「セナまで・・・」

由菜と南も、ついさっきまで、この部屋にいたような気もする。

「2人はどこにいったんだろう? ・・・まあいっか」

細かいことは気にしない。ポジティブ担当の本領発揮である。

するとその時。

部屋の隅にあった14インチの古いブラウン管テレビの電源が、勝手に入る。

そこには、次の文字が表示されている。

生存者が1人となりました。

おめでとうございます。

関谷さんの勝利です。

関谷さんには、夏からセブンティーンの専属モデルになる権利が与えられます。

【おしまい】

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