「ねーねー、みんな聞いて。今日は、こうしてニコモ全員が集まってるし、ちょっと次の生徒会長でも決めよっか?」
突然、現ニコラ生徒会長である明日香が切り出したため、他のニコモたちは一斉に静まり返った。
ややあって、帰国子女で物怖じしないあむが、みんなを代表するように口を開く。
「えっ!?まだアスカちゃんがやればいいんじゃないですか?」
そう言って、あむは明日香を指差した。
「いや、いや。あのね、アムちゃん」
明日香、優しく諭すように。
「私は4月から新高2だし、もうニコラは卒業なんだよ。だからね、今度は現中3のコのだれかが、私の代わりに生徒会長をやんなきゃならないの」
「Oh my god!」
頭を抱えるあむであった。
そんな微笑ましいやりとりを、あくまで表面上は興味なさそうに平静を装いつつ、実は熱心に聴き入っていた、ひとりの少女がいた。
そして、その少女―――—杏奈は、心の中で密かに、そして強く、だれかが自分を推薦してくれないかと願っている。
あれは、いまから3年とちょっと前のこと。小6で念願のニコモになって以降、誰よりも深い”ニコラ愛”を自負する杏奈は、自分以外に、次のニコラ生徒会長にふさわしい者はいないと確信してたのだ。
と、その時。
涼凪が声を上げる。
「うちは、クロちゃんが適任だと思う」
すると、その瞬間。
意外にも、みんなの間から、自然な感じで同意を意味する拍手が沸き起こったのだ。
たしかに涼凪といえば、面倒見がよく、だれにでも優しいと評判で、事実、後輩ニコモにとって、憧れのお姉さん的存在である。
そして、そんな涼凪のニコモ内における影響力は、彼女自身のニコラでの活躍や読者人気と比し、存外大きい。
(クロちゃんが生徒会長なら納得できる。クロちゃんこそ次期生徒会長にふさわしい。しかも、涼凪ちゃんが言うんだから間違いない)
さきほどの自然な拍手には、そんなニコモたちの総意が現れていたのかもしれない。
するとすかさず、莉那の相棒である成美も、ここぞとばかり同意して。
「うん。たしかにリナなら、色が白くて美人さんだし、スタイルいいし、頭の回転も早いし、なにより面白いし。私も、いいと思うな。なんか、ニコラが一気に変わる気がする」
さてここで、思っても見ない展開となり、杏奈は自分も何か言わなくては、と焦る。
しかし同時に、不用意に変なことを口走って、「アンナは生徒会長をやりたがっている」「でしゃばっている」と思われるのも避けたい。
とはいえ、このまま何も言わなけれれば、満場一致で、あっさりと莉那に決まってしまいかねない雰囲気だ。
(どうしよう、どうしよう)
こうして、杏奈が決断しかねていた、その時。
満を持して、といった感じで、いよいよ当事者である莉那が口を開く。
「あのね、みんな。せっかくだけど、私はアンナちゃんがいいと思うよ」
この発言に、一瞬、その場に沈黙が訪れる。
ややあって。
「えっ、なんで? アンナは、いまダイエット中だし、TNMだって圏外じゃん」
莉那と仲良しな上、杏奈とは、沙良を巡っての三角関係を演じる乃乃が、やや意地悪な言い方をして、おおげさに首をかしげる。
乃乃、続けて。
「リナで決定~。みんなどう?」
同意を求めるように、一同を見渡す。
「ちょっと、いいかな?」
こうして、いささか険悪な雰囲気になりかけたところ、再び莉那。
「あのね、ノノちゃん。私は、『TNMの順位が低いからダメ!』っていう理由には反対だよ。そもそもTNMは、純粋な人気投票なんかじゃなくって、各テーマごとの審査だもの。得意不得意があって当然。しかも、まだ2回戦が終わったばかりで、たまたまノノちゃんと私がトップに立ってるけど、これから逆転も十分ある」
莉那、ここで一呼吸おいて、続ける。
「それにね、ちょっと誤解してほしくないんだけど、私は、なにもアンナちゃんが『オーデ小6合格』の上『中2でハワイ⇒表紙⇒レピピブック』っていう、単にニコモの”エリートコース”を歩んできたって理由で推してるんじゃないの。ホント、私は心の底から、アンナちゃんのこと、素晴らしいニコモだと尊敬してる」
思いもよらぬ莉那の熱弁に、他のニコモたちは一斉に、杏奈の顔を振り返る。莉那、さらに続ける。
「私はね、アンナちゃんに『責任感』を見るの。小6でニコモになって、密着特集を2回やって、20周年記念号で表紙を任されて、『どんどこどん』連載の最終回では、香音ちゃんから直々に後継指名みたいなのを受けて。そういった経験、全部ひっくるめて、その上で自分がニコラを支えていこうっていう強い意志をね。だからこそ、たとえニコモ最重量の53.4キロであったとしても、アンナちゃんこそがエース、つまりは生徒会長をやるべきじゃないかなって」
莉那は言い終えると、静かに腰を下ろす。
すると、これまで黙っていた咲綺が、その几帳面な性格通り、律儀に手を上げた。
「あの、いいですか?」
ここまでの、思いもよらない議論の行方に、司会の役割を忘れていた明日香。ようやく我に返って。
「あっ、はい。えっと、サキちゃんどーぞ」
許可が出たので、咲綺がしゃべり始める。
「そりゃ、アンナがやるのが理想だよ。なんてったって、私たちオーデ出身の中3で、ニコモ歴が1番長いのも、表紙回数が1番多いのもアンナなんだから。編集さんたちだって、当然アンナが人気あるの、わかってる。でもね、1月号の全モ一問一答アンケート、みんな見た? あの『総理大臣に向いてるニコモは誰?』ってやつ」
この問いかけに、若干ざわつくニコモたち。
「要は、みんなをまとめる力。リードする力。そして変えていく力。そんな力が誰にあるかって質問。これ、現会長のアスカちゃんが1位なのは当然として、中3のリナには5票も入ってる。なんと2位なんだよ。一方のアンナはどうだった? 1票だよ、たった1票。だいたい、その1票だって、”飼い主”のサラちゃんだけだよね。しかもサラちゃん、半分ふざけて入れてるし」
思いもよらないところから弾が飛んできた沙良。
「それは…」
そう言ったまま、将来の大女優様は、杏奈を擁護するでも、咲綺に反論するでもなく、赤くなって、ただただうつむくだけだった。
「結論をいえば、アンナじゃ、ニコモがまとまらない。だからね、ここはひとつ、暫定的に、リナがやるってことでどうかな?」
こうして、杏奈と同学年で、「あんさき」として括られることも多い、仲良しの咲綺までもが、意外にも莉那を推薦したのだった。
これに莉那、またしても控えめに反論する。
「あー、サキちゃん。でもね、まとまらないってのは、どうなのかな? それ、ちょっと、アンナちゃんに失礼じゃないかな?」
ここで莉那が、横目でチラっと杏奈を見る。
杏奈は、もはや完全にふて腐れ、下を向いていて、その視線にすら気づかない。
なにより杏奈は、先輩の涼凪だけでなく、同学年の乃乃に咲綺、さらには大好きな沙良でさえ、自分をあまり信頼していないことに、ショックを受けていた。
しかも、これに追い討ちをかけるように、そもそもライバルであるはずの莉那までもが、自分に勝手な同情を寄せることも、許せなかった。
再び、気まずい沈黙が訪れる。
「あのぉ~、私もいいですか?」
そんな沈黙を破り、新モの和奏が、恐る恐るといった感じで遠慮がちに手を上げる。
「はい、じゃあナナちゃん」
明日香に名前を間違えられた和奏、これまた遠慮がちに訂正する。
「あっ、ワカナです」
新モの名前を呼び間違えるのは、知る人ぞ知る、明日香の恒例行事なのだ。
「…ごめん」
気を取り直して和奏。深呼吸すると、人が変わったように、一気に語り始める。
「えっと、ノノさんやサキさんは、アンナちゃんが生徒会長やることについて、無理だ無理だ言いますけど、でも、ホントに無理かどうかなんて、そんなのやってみなくちゃわからないじゃないですか」
TNMステージ2のメンバー決めの際、最後まで指名されなかった者どうしによる「チームあまりもの」として一緒に戦ったことをきっかけに、すっかり自分に懐いたとばかり思っていた後輩からの、思いもよらぬ反抗に対し、乃乃は一瞬たじろいだものの、あくまで冷静に言い返す。
「やってみてダメだった、では遅いんです。取返しがつかないもの」
それでも、必死で食い下がる和奏。そもそも、オーデ合格後の事務所決めの際、和奏がレプロを希望したのも、ひとえに憧れの杏奈が所属しているからであった。
杏奈のことが、とにかく大好きで大好きで、悪く言われると黙っていられないのである。
「あのですね、やってもいないうちから、そういう言い方、アンナちゃんに失礼じゃないんですか?」
俄然、杏奈の擁護に熱が入る。たとえ先輩に対してでも食って掛かる。
これに大阪人、ついにキレる。
「うっさいわ、ボケ!」
顎を突き出し、歯をむき出して、和奏に悪態をつく乃乃。
もはや、ニコラを代表するガーリー担当として、ニコモで最も美しいとされるお顔が台無しである。
と、こうしてますますその場の雰囲気が悪くなってきたところで、部屋の隅っこに座る凛はひとり、目で編集長や編集部員を探していた。
心優しく、争いごとの嫌いな凛は、一刻も早くオトナに介入してもらい、円満にこの場を収めてもらいたいのだ。
しかし、オトナは誰も戻ってこない。
「アスカちゃんはどう思うんですか?」
ここで、咲綺が明日香に話を向ける。
「そうだね、うちは、やる気のある子がやるのが一番だと思う。クロちゃんは、ニコプチ進級であることが嫌われてるけど、でもこうやってずっと真剣にニコモとしてお仕事に取り組んでる。表紙も3回やってるし、ハワイロケにも行ってる。なにより人気も安定感もある。だから、クロちゃんみたいなコが生徒会長になってくれると、ニコラとしては安泰だし、私も安心だけど、やっぱり生え抜きのニコモオーデ出身じゃないと、なかなかトップは務まらないかもしれない。一方、あんちゃんは、もうちょっとダイエットが必要かもしれないど、それこそ”オーデ小6合格”の正統で、やる気もあるから、読者の受けはすごくいいと思う。だから、ここはひとつ、間を取って、――――編集さんたちに評判がいいサキちゃんなんかがやってもいいのかな、な~んて…」
実は優柔不断なアスカによる、やたら長い話の、思いがけない着地点に、他のニコモは一斉に顔を見合わせた。
「アスカ、そりゃまずいよ」
隣で響が小声でつぶやく。
これを機に、他のニコモたちも、いっせいに非難の声を上げようとした、まさにその時!
杏奈が、ガタッと音を立てて立ち上がった。
そして、初めて口を開く。
「あのですね。私は、生徒会長とかイメモとか、そういうの、やりたくないし、別にどうでもいいんです。だから、みなさんで勝手に決めてください」
そう言い放つと、編集部の会議室を勢いよく飛び出した。
そのまま、ひとりエレベータに乗ったところで、アンナの頬を、一筋の涙が伝うのだった。
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