「ちょっとみんな~、聞いて聞いて。今日は、こうしてニコモ全員が集まってるし、そろそろ次の生徒会長でも決めよっか?」
お昼の休憩時間。
ふいに、現ニコラ生徒会長である真帆が切り出したため、他のニコモたちは一斉に静まり返った。
ややあって、おっとりマイペースな進級組の由菜が、場の空気を読まずに口を開く。
「ふぇ~? まだマホちゃんがやればいいんじゃないですかぁ?」
そう言うと、由菜は真帆を指差した。
「いや、いや、いや。あのね、ゆななちゃん」
真帆、優しく諭すように。
「あのね、私は4月から高2になるし、そうなるともうニコラは卒業なの。だからね、次は今の中3の誰かが、私の代わりに生徒会長をやんなきゃならないの」
「へぇ~」
由菜の薄いリアクションに、若干イラっとした様子の真帆が、さらに何か言おうと口を開きかけたその時。
隣にいた瑠紀が、由菜を肘でつっつきながら。
「あー、マホちゃんごめんなさい。このコ、おバカなんで。ハハハ・・・」
と、とりなしている。
そんな微笑ましい光景を、あくまで表面上は興味なさそうに平静を装いつつ、その実、めちゃめちゃ熱心に耳をそばだてて聴き入っていた、ひとりのニコモがいた。
そして、そのニコモ―――未来実は、心の中で密やかながらも、強く強く、この中の誰かが自分を次期生徒会長に推薦してくれないかと願っていたのだ。
ところがここで、そんな未来実の期待とはウラハラに、ニコラを代表する”しっかり者キャラ”で売る奈菜が声を上げる。
元来、おしゃべりな奈菜は、思ったことがあればすぐに口に出したいタイプなのである。
「えーっと、私はメアリが適任だと思います!」
理屈や根拠なしで、イキナリ結論を言うところも、いかにも彼女らしい。
すると、その瞬間。
意外にも、他のニコモたちから、同意を意味する温かい拍手が自然な感じで沸き起こったのだ。
たしかに奈菜といえば、後輩たちの面倒見がよく、だれにでも優しいと評判で、事実、「ニコモのお母さん」的存在である。
そして、そんな奈菜のニコモ内における影響力は、彼女自身の身長とは比較にならないくらい、大きいのだ。
(メアリちゃんが次の生徒会長なら納得できる。メアリちゃんこそ次期会長にふさわしい。しかも、それをあのナナちゃんが言うんだから間違いない)
さきほどの自然な拍手には、そんなニコモたちの総意が現れていたのかもしれない。
するとすかさず、芽亜里の相棒を自認する、ここはも負けじとこれに同意して。
「うんうん。たしかにメアリなら、色が白くて、顔も可愛くて、スタイルもいい。頭の回転だって早いし、なにより人気だって抜群に高い。ここはも、それでいいと思うな。なんか、ニコラが一気に変わる気がする。てか、芽亜里なら間違いない!」
さあ大変。
想定外の展開に、こうなったら自分も何か言わなくては、と焦り出す未来実。
しかし同時に、ここで不用意に変なことを口走って、万が一にも「クルミは生徒会長をやりたがっている」「会長ポストを狙ってる」「でしゃばっている」と思われるのも癪だ。
とはいえ、このまま何も言わなけれれば、満場一致で、あっさりと芽亜里に決まってしまいかねない雰囲気でもある。
(どないしよ、どないしよ)
こうして、どうすべきか未来実が決断を迷っていた、その時。
満を持して、といった感じで、いよいよ当事者である芽亜里が口を開く。
「あのね、みんな。せっかくだけど、メアリはクルミちゃんがいいと思うよ」
この発言に、一瞬、その場に沈黙が訪れる。
それからほどなくして、意外なところから反論が飛び出した。
「えっ、なんでですか? クルミちゃんはギャルだし、失礼かもしれませんが表紙だってまだ1回しかやってないじゃないですか」
4歳から芸能界に入り、「長いものには巻かれろ」を処世術として身に着けた凛美が、若干意地悪な言い方をしつつ、芝居がかった仕草で首をかしげてみせる。
後輩ながらも、次世代女優として、”第2の川口春奈”として、世間一般から高く評価される凛美の立ち居振る舞いには、その場にいる誰をも引き付ける、存在感と説得力があった。
しかも悪いことに、未来実と凛美とは、犬猿の仲だったりする。
実は、去年の今ごろ。
未来実は、ニコモの先輩として、凛美が撮影現場であいさつができないことが、ずっと気になっていた。
そして、いよいよ思い切って、直接面と向かって注意したところ、これがちょっとしたトラブルに発展。
今では撮影で一緒になっても、お互い無視する間柄となっていたのだ。
(ちっ、言わんでもええ余計なことを)
そんな未来実の心中などお構いなしに凛美、続けて。
「メアリちゃんで決定~。みなさん、どうでしょう?」
まるで映画の中の主人公のように、大げさに両手を広げ、同意を求めて一同を見渡す凛美。
もはや多くのニコモが「凛美劇場」に飲み込まれつつあった。
と、そんな時。
再び芽亜里が口を開く。
「ちょっと、いいかな?」
あくまで控えめ、かつ遠慮がちながら、良く通る声で。
「あのね、リミちゃん。私は、『表紙が少ないからダメ!』っていう理由には反対だよ。そもそもニコラの生徒会長は、純粋な人気投票なんかじゃなくって、ニコモみんなをまとめる仕事だもの。もちろん、人気があるに越したことはない。でも、それ以上に大事なのは、ニコモや編集さん、そして何よりニコ読のみんなからの信頼なんじゃないかな」
芽亜里、ここで一呼吸おいて、続ける。
「それにね、ちょっと誤解してほしくないんだけど、私は、なにもクルミちゃんが『21期』の『オーデ小6合格』っていう、ニコモ歴の長さと、オーデ出身の生え抜きだからって理由で推してるんじゃないの。ホント、メアリは心の底から、クルミちゃんのこと、素晴らしいニコモだと尊敬してる」
思いもよらぬ芽亜里の熱弁に、他のニコモたちは一斉に、未来実の顔を振り返る。
芽亜里、さらに続ける。
「私はね、クルミちゃんに『責任感』を見るの。小6でニコモになって、最初『ガーリー』を任されて、本意じゃないのにがんばって続けて。でも、やっぱり自分本来の姿である『ギャル』へと中2の終わりに転身。それでいて、しっかりギャルでも結果を出してる。同時に、自分に厳しいのはもちろん、後輩に対しても厳しい姿勢で臨み、自ら嫌われ役を買って出た。そういった、これまでの苦労した経験、努力、失敗に成功、ニコラを良くしようという熱い思いなどなど、ぜ~んぶひっくるめて、自分が先頭に立ってニコラを支えていこうっていう強い意志をね。だからこそ、たとえ表紙が1回だとしても、たとえギャルだとしても、クルミちゃんこそが次のまとめ役、つまりは次期生徒会長をやるべきじゃないかなって」
芽亜里は言い終えると、静かに腰を下ろす。
ここで、しばらくの間、沈黙が訪れる。
それぞれが、今の芽亜里の言葉を反芻しているようだ。
そんなとき、後方の席から声が上がる。
「あの、私もちょっといいかな?」
意外にも、他人やニコラに興味が無さそうなことから、クールな一匹狼として通る真奈が、口を開いた。
ここまでの思いもよらない議論の行方に、司会の役割を忘れていた真帆。
ハッと我に返って。
「あっ、はい。マナ、いいよ」
許可が出たので、真奈がしゃべり始める。
「そりゃ、クルミがやるのが理想だよ。なんてったって、オーデ出身の中3の中で、ニコモ歴が1番長いもん。私たちみたいな、プチ出身の外様じゃなく、本家本流だしね」
やや自嘲気味に。
人気も実力も、5Gトップであるにも関わらず、イメモから落選したことを根に持っているのかもしれない。
そのまま、真奈が続けて。
「編集さんたちだって、当然クルミが人気あるの、わかってる。でもね、実績はどう? これまで生徒会長を務めてきた先輩方の実績、みんな知ってる?」
この問いかけに、若干ざわつくニコモたち。
真奈、一通りみんなを見渡した後、続ける。
「現会長のマホはもちろん、その前の会長のクロちゃんも、さらには初代会長のアスカちゃんだって、みんながみんな、それぞれの世代で表紙回数がトップなんだよ」
静まり返る一同。真奈、さらに続けて。
「それも、マホ、クロちゃん、アスカちゃんともに、最終的な表紙回数はそろって9回だよ、9回。かつ、3人ともにピンを1回含んでる。まあ、マホが今度の3月号でも表紙になれば、そこは10回になるけど、おそらくそれはないとして」
ここで、クルミに視線を移して。
「でも、クルミは? いま1回だよね。ピンも当然無いよね? そう、要は説得力」
痛いところを突かれ、思わす目をそらす未来実。
それでも真奈は手を緩めない。
「メアリが言うように、みんなをまとめる力。リードする力。そして変えていく力。たとえ、そんな力がクルミにあったとしても、なんて言ったらいいかな、それを裏付けるものっていうか、その前提っていうか。つまりは、みんなを納得させられるだけの実績。それも、『クルミが会長なら納得だ』『他にいない』って思わせるくらいの圧倒的なやつ。じゃあ、それが果たしてクルミにあるのかな?」
ここで、たっぷり間をおいて。
「結論をいえば、クルミじゃ、ニコモがまとまらない。だからね、ここはひとつ、まあ暫定的にでも、メアリがやるってことでどうかな?」
こうして、未来実と同じ事務所で、ニコモになる前から知り合いだった上、なにかにつけ相談に乗ってもらっていた、信頼する真奈までもが、意外にも芽亜里を推薦したのだった。
しかし、この真奈の意見に反論したのは、またしても芽亜里だった。
先ほどの控えめな語り口とはちょっと異なり、やや挑発的な感じで。
「マナちゃんの言いたいことは分かる。でもね、『まとまらない』ってのは、どうなのかな? それ、ちょっと、クルミちゃんに失礼じゃないかな?」
ここで芽亜里が、横目でチラっと未来実を見る。
未来実は、もはや完全にふて腐れ、下を向いていて、その視線にすら気づかない。
なにより未来実は、宿敵の凛美だけでなく、同学年のここは、さらには大好きな真奈でさえ、自分をあまり信頼していないことに、ショックを受けていた。
しかも、これに追い討ちをかけるように、会長ポストを争う最大のライバルであるはずの芽亜里までもが、自分に勝手な同情を寄せることも、許せなかった。
再び、気まずい沈黙が訪れる。
と、その時。
「あのぉ~、私もいいですか?」
沈黙を破り、末っ子の優奈が、遠慮がちに手を上げる。
「はい、じゃあユナちゃん」
機械的に真帆が指名する。
すると、優奈が口を開く前に、思いもかけない方向から声が上がった。
「へっ!? わ・・・わたし?」
テーブルの下に両手を隠し、密かに携帯ゲーム機PS Vitaに興じていて、全く話を聞いていなかった由菜。
突然自分の名前を呼ばれたと思い、びっくりして顔をあげたのだ。
それをすかさず、再び瑠紀がとりなす。
「すいません、すいません。このコ、アホなんで」
真帆が仕切りなおす。
「はい、そっちのユナちゃんです」
ということで、気を取り直して優奈。
最年少だからというのはもちろん、もともと優しくて、のんびりした性格であるため、普段はおとなしく、あまり自己主張するタイプでない。
そんな優奈が、深呼吸すると、人が変わったように、一気に語り始める。
「えっとですね、リミさんやマナさんは、みのりちゃん・・・じゃなかった、クルミちゃんが生徒会長やることについて、無理だと決めつけてますけど、でも、ホントに無理かどうかなんて、そんなのやってみなくちゃわからないじゃないですか!」
年下からの、思いもよらぬ反抗に対し、凛美は一瞬たじろいだものの、あくまで冷静に言い返す。
「いい、ユナちゃん? やってみてダメだった、では遅いんです。取返しがつかないもの」
それでも、必死で食い下がる優奈。
「そんなこと・・・」
そもそも、優奈が「いもシス」関西5期生の”ゆりな”として活動してた時代。
その1期先輩の4期メンバーに、”みのり”こと未来実がいた。
未来実は、同じ大阪出身&同じアイドルユニット出身という縁もあり、優奈がニコモになってからも、何かと優しく接していた。
とくに、去年のニコラ10月号の企画「スポーツテスト」では、優奈の髪を未来実が結んであげたりもした。
優奈はそんな未来実のことが、とにかく大好きで大好きで、悪く言われると黙っていられないのである。
「あのですね、やってもいないうちから、そういう言い方、クルミちゃんに失礼じゃないんですか? だいたい、なんでみなさんに将来のことが分かるんですか?」
俄然、未来実の擁護に熱が入る。
まだ小学生なので、言っている内容は単なる繰り返しに過ぎないが、一見おとなしそうに見えても、実は芯の強い女の子なのである。
理不尽だと思ったことならば、たとえ先輩に対してでも食って掛かる度胸がある。
と、これに凛美、静かにキレる。
「フフフ。あなた、ニコ読の間で、なんて言われてるか知ってるかしら?」
意地悪な表情で。
「えっ?」
さすがにちょっとビビる優奈。
そして次の瞬間、凛美がタブーを口にする。
「あなたみたいな人のこと、”不正”って言うんだって!」
ドラマ『女ともだち』の近沢マミが降臨した。
一瞬、凍り付く優奈。
それでもすぐに気を取り直し、顔を真っ赤にして反論する。
「ですから、私の『オーデ体験マンガ』にも書いてあったように、私はあくまで事務所をやめてから応募したんです。一部の読者さんたちから、オーデ中に参加したって疑われてる、事務所が主催する撮影会のお仕事は、ずっと前から決まってたから仕方なかったんです。もし出演をキャンセルしたら、私目当てのファンの方にチケット代の払い戻しとかしなくちゃならないから。そしたら、うちの事務所、あっ、今のスターダストじゃなく、当時入ってたバンビーナですけど、あそこ、リミさんの研音と違って弱小だから。損失分を全額、私が被ることになる契約だったんです。だから、事前に編集部さんにも許可を取って、それで参加したのであって、ルール上全く問題ないんですってば!!」
普段は大人しい優奈も、さすがに声を荒げ、一気にまくし立てる。
もはや、大混乱である。
しかも、優等生とされる凛美と、末っ子で心優しい優奈という、あり得ない組み合わせの2人が口論している。
そんな中。ひとり部屋の隅っこに座る花音は、目で編集長や編集部員を探していた。
控えめで、争いごとの嫌いな花音は、一刻も早くオトナたちに介入してもらい、円満にこの場を収めてもらいたいと願っていた。
しかし、オトナは誰も戻ってこない。
「で、マホはどう思うの?」
すると、これまで黙ってコトの成り行きを見守っていた副会長の花南が、いよいよといった感じで真帆に話を向ける。
「そうだね、うちは、やる気のある子がやるのが一番だと思う。メアリちゃんは、ニコプチ進級であることが嫌われてるみたいだけど、でもこうやってずっと真剣にニコモとしてお仕事に取り組んでる。表紙も6回やってる上、すでにピンだって経験してる。なにより人気も抜群で、安定感もある。だから、メアリちゃんみたいなコが生徒会長になってくれると、ニコラとしては安泰だし、うちも安心だけど、やっぱり生え抜きのニコモオーデ出身じゃないと、この先いろいろ苦労するかもしれない。一方、クルミの場合、ギャルであることから、ニコラがポップティーンになっちゃうんじゃないかと心配する向きもあるかもしれないけど、それこそうちと同じ”オーデ小6合格”の正統で、やる気もあるから、読者の受けはすごくいいと思う。だから、ここはひとつ、間を取って・・・」
真帆、ここでたっぷり溜めて。
「オーデ出身で、人気も実績も十分である、アムちゃんの復帰を待つってのもいいんじゃないのかなぁ、な~んて・・・アハハ」
口下手で語彙の少ない真帆による、やたら長い話の思いがけない着地点に、他のニコモたちは困惑気味にそれぞれ顔を見合わせた。
「マホ、そりゃまずいよ」
隣で花南が小声でつぶやく。
これを機に、他のニコモたちも、いっせいに非難の声を上げようとした、まさにその時!
未来実が、ガタンと音を立てて立ち上がると、きょう初めて口を開く。
「あのですね。私は、生徒会長とかイメモとか、そういうの、興味ないし、やりたくないし、別にどうでもいいんです。だから、みなさんで勝手に決めてください!」
標準語で言い放つと、編集部の会議室を勢いよく飛び出した。
そのまま走ってエレベータに乗り、扉を閉める。
そして、ようやくひとりになったところで、未来実の頬を一筋の涙が伝うのだった。
※この物語はフィクションです
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